教科書

令和二年 四月六日 月曜日

 こんばんは、葛城です。

 新学期が始まりましたね。
始業式の為、我が子も久々に登校しました。

 通知表を持って帰ってきましたよ。
修了式をする間も無く、突然春休みに突入してしまったものですから、先生方も間に合わなかった事でしょう。

三学期の成績は前期に比べて「よくできる」が増えていました。
「もうすこし」が減った事より、本当に嬉しかったです。
 我が子を褒めに褒めて、この調子で今年度も頑張ろうと話をしました。

新しい教科書を見せてくれました。
眺めていると、少し疑問に思ったことがあります。
 何やら、平仮名が多いのです。
違和感を覚えましたが、理由が判りませんでした。
 ですので、検索してみたのですが、明解は得られず終いです。

 しかし、近しいと思しき記述を見つけました。
 私なりの解釈ではありますが、つまりは以下です。

 生物学上、人間を「ヒト」と片仮名で表しますが、教科書ではこのカタカナがひらがなに変わっているのです。

 ですから、単純に文面が平仮名だらけになっている。その様に理解しました。

 恐ろしいです。
何か陰謀めいたモノを感じます。
漢字を使わなくなっている事も恐ろしいのですが、まさか平仮名にまで恐れを感じる日が来るとは思ってもみませんでした。

 学力向上には、必ず国語力が不可欠です。
国語、文法を知らなければ必ず苦労します。

 私がこの事に気付いたのは、本当に最近です。
正確には、考えが至っていませんでした。
 初歩的過ぎたのです。
何が解らないのか判らない。
これは文法を習得していない事による弊害でした。

 私は学生時代、国語が得意だったのです。
しかし、文法は苦手でした。
 でも文法を捨てても成績が良かったので、その単元は最初から諦めていたのです。

 そうしますと、段々と解らなくなるのです。
当時この事に気付いていれば未来は変わったのかもしれません。
最早、手遅れではあるのですが。

 其れを我が子に伝えようとしても、受け入れててもらえません。
折角諸悪の根元に辿り着いたにも関わらず、未来ある我が子に伝えきれません。

 何となく使えるだけでは駄目なんですよね。
後悔しています。何よりも先ず、文法が大事です。
 何とかして、文法を学ばせたいのですが方法が解りません。
どうすれば良いのでしょうか。

 我が子は本当に本をよく読むのです。
小学生になってからの累計冊数は二千冊を超えているそうです。
 私は本を読むのが苦手でして、本は読まず漫画ばかり。
絵を描いていることの方が好きでした。
本を読まない典型だったのです。

 しかし我が子は本を読みます。
これは長所です。誇らしいです。
 其れでも、教科書を読むのは嫌いだそうです。
教科書は勉強だから、読みたく無いと言うのです。
 我が子の言うところの教科書と本の違いが私には解りません。
私からすれば、どちらも、本です。

 新型コロナの影響で自習が大事に、なり過ぎています。
元々予習復習が肝心なのでしょうけど、学業が疎か過ぎています。

 私は学力が乏しいので勉強を教える事が出来ません。
学生時代に塾講師のアルバイトをしていた様な親であったらどんなに良かった事か。申し訳無いです。

 勉強を教えてあげられる親御さん方は本当に凄いです。
私は模範となる事は出来ないでしょう。
 培っていないのもありますが、気力すら無いのですから。

 どんな親の元に生まれるかによって、殆ど決まるのではないのでしょうか。
 正に宿命ですね。

 我が子はまだ間に合う。私の様になって欲しくない。
気持ちはあっても、方法を知らずに生きています。
 何とかしないといけません。
でも、一体どうすれば良いのでしょう。

 規則正しい生活を心掛けたいと思っても、其れって詰まるところは何なのか?不明なまま生きている自分。
 日々の習慣を培う方法も知らないのです。
 根本的な部分から見直す労力。
 この苦労は、我が子は回避出来る。回避して欲しい。

 其れを教えるのが、正しい親ですよね。
私が親になるのは、いつなのでしょう。
 (いや。いま、ならなければ。)

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